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2016年12月10日 (土)

【名】寒鴉己が影の上におりたちぬ/芝不器男

かんがらす/しがかげのへにおりたちぬ


虚を衝く句です。
言われてみればそうなのだけど、
そんなふうに感じたこと無かった!とハっとしたのです。
まるで、自分の影を目指して着地するかのようで、
影と実体がお互いに引き合って、ついにピタリと重なるようで、
なにかイリュージョンを見ているような、不思議な気にさえなってきます。
芝不器男の句には、こういう、
句に切り取られた一瞬の前後数秒を鮮やかに想起させる力があります。
動画のような句なんです。

人入って門残りたる暮春かな
白藤や揺りやみしかばうすみどり
麦車馬におくれて動き出づ

などもそうですね。
動いていたものが止まる、止まっていたものが動き出す、動くもの、止まったままのもの。
そういう、誰もが目にしているはずの光景、
当たり前の光景が、実は不思議と驚きに満ちている。
それらを見過ごさずに詩を感じる感性が、何よりも素晴らしいと感じます。

そして、その心に浮かんだ詩篇を、とことん磨き上げる姿勢が凄いです。
「暮春」の句は実に40句以上もの推敲の後に得られたそうなのです。
「寒鴉」も、最終稿を得るまでに、何句もの推敲があったのでしょう。

「寒鴉おのれの影の上に降り」
私が同じ内容を五七五にするとこんなにグダグダにしかなりませんcrying
中七の処理が、下五を決めるのですが、私には中七を「しがかげのへに」と詠めません。
「おのれのかげのうえに」という十音を七音にまとめるにあたって、芝不器男は
ちょっと特殊な読み方(「巳」ならば音読み「シ」がありますが、「己」は「キ、コ」)をさせ、
それも鴉の持つ一種独特の高貴さ・一筋縄でいかなさを感じさせている気がします。
「おりたちぬ」という響きによって立ち上がって来る鴉の姿は、
「寒鴉」ゆえの研ぎ澄まされたフォルムであると確信出来る、美しい流線形です。
寒い時だから、現実には少し羽毛が立っているかも知れませんが、
厳しい季節を生き抜く鋭い眼差し、減量中のボクサーのようなイメージがあるのです。

この句を知ったのは、昨年の冬のことですが、
以来私は地面に鴉の姿を見る度に、この句を思い出すのです。
私に俳句を手ほどきしてくれた友人shadowが言いました。
「俳句をやっていて嬉しいのは、ふとした時に思い出す句がどんどん増えていくことだよネ」
本当に、その通りだと思いますshineconfidentshine

実体と影が一つになって、寒鴉が地面に降り立つ。
離れていた二つのものが完全に一つになり、影が実体にかえった瞬間、
そこには地面に降り立った寒鴉の不気味な姿態が、
はっきりとクローズアップしてとらえられる。
蕭条たる冬景色。
合うべきものが重なり合った時の「あっ」と声をひそめた感動。
正確無比の把握である。
表現が正確だということは、感動が正確だということだ。
微塵も曖昧さや誤魔化しのないこの句に、私は三嘆を惜しまないのである。

                           「定本現代俳句」(山本健吉)より

Photo

川鍋暁斎「枯木寒鴉図(こぼくかんあず)」

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