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2018年4月28日 (土)

金盞花ことばはすぐに逃げるから

「金盞花」発表週ですーーー。
「三色菫」に続き10句・・・と思ったら、2句追加していて12句の投句。
その、一番最後に送った句含めて【人】×2句・・・うおおおお送ってて良かったー!
10句のままだったら、また1句のみだった可能性が高いです・・・。

【人】石廟の木乃伊仏や金盞花
【人】金盞花ことばはすぐに逃げるから


「木乃伊仏」は、「るるる句会」でのぴいさんの句がヒントになりました。
ぴいさん、ありがとーーーーう!
それにしても、またまた「石」を使っている私・・・。
そろそろ、本当に封印を考えないといけないかもです


◆十句選
木曜掲載の句の中から、特にお気に入りを紹介します(作者敬称略)。


きんせんくわマルタの猫のまるまると       すりいぴい
「金盞花」の原産地は地中海沿岸とのこと。地中海に浮かぶマルタ島には、猫がいっぱい!!措辞の可愛らしさに合わせて「きんせんくわ」平仮名表記も細やか。「くわ」の発音が絶妙に「まるまる感」を増幅させるかのようです。私も猫の句を投句していますが、いかにも春の好日らしい空気を醸し出している掲句に完敗。あ~トラキジのでぶ猫が見える・・・

余の辞書に落丁多し金盞花            土井デボン探花
厳めしい口調と思えば、一気に親近感の湧く中七。そんなに落丁ばかりでは、何かと躓いたり遅れをとったり、時に痛い目を見ることもと思った時、外用に内服に用いられてきた「金盞花」が実に効いていることに気づきました。眺めるだけで目にもいいとされた金盞花・・・落ち込んだ時、傍らに佇んでいるだけで元気をもらえるかも知れません。

どこまでが熱どこまでが金盞花           しろ
「どこからが恋どこまでが冬の空/黛まどか」を思い出す。マットな質感で、華やかさよりも逞しさを感じさせる「金盞花」。ドッシリした八重咲は、焦げ付いた思い出のようでもあり。迸る激情のさなかに、どれだけ形あるモノがあったのだろうと、ふと青春の残像に思いを馳せる心地になりました。

声やたらでかくてごめん金盞花          一斤染乃
背が低いくせに主張が強くてグイグイ視界に入る「金盞花」には、こんなズケズケ感が良く似合う気がします。決してネチネチと悪口を言うタイプではなく、また言われるタイプでもなさそうです。「アンタうるさいなー」とストレートに突っ込まれていそう、なんだかんだで愛されていそう。花持ちの良い金盞花のように、場持ちのいい人なんだろうなと感じました。

ふるさとは火星の海辺金盞花           霞山旅
「月見草」の時にも「火星」との取り合わせがありハっとしたものですが、「金盞花」も実に「火星」が似合うことに気づきました!嗚呼!!自分でも思いつきたかった!!!

金盞花雨の境目見つけたり            山香ばし
「金盞花きらきらきらと安房の雨/北澤瑞史」の美しさに平伏して自分では書けませんでしたが、こんな雨の切り取り方があったとは!実は、職場から帰宅する時案外経験しているのです。なのに、句にすることなど思いつきもしませんでした。思いついたとしても、「金盞花」と取り合わせることは出来なかった気がします。

金盞花沖ゆく船の汽笛かな            aya
花言葉のせいか、別れを思わせる汽笛です。真昼の青空とのコントラストでも美しいですし、夕陽を浴びているのかもと思うと一層胸に迫ってくるものがあります。上五と下五の音韻が綺麗で、感傷に流され過ぎずキリリと踏みとどまっている印象。カ行のちりばめられた句にはクリスタルの輝きがあるようで好きなんです「かな」でもう一度汽笛が聴こえました。

ベルリラの房朗らかに金盞花           月見柑
鼓笛隊の華、ベルリラ!確かに房がついていました、そう、黄色のようなオレンジのような。ああ、良く晴れた日の校庭が浮かぶ・・・!きらきらしたベルリラの音色、その音にうっとりとそよぐかのような金盞花。「金盞花」との取り合わせに金属製の楽器は最強ですね!「房」に焦点を絞ったところも流石と感じました。美しい打楽器に、十七音のすべてが弾んでいます。

もう鳥へ転生したか金盞花             小田寺登女
故人は鳥が好きだった―――。囀りを聴いては鳥の名前を嬉しそうに呟いていた。散歩に出ては、見かけた鳥の名を教えてくれた。そんな在りし日が浮かんでくる。「鳥」と「金盞花」がこんなにもしっくりくるのは、「輪廻」のイメージで結ばれているからか。掲句により、金盞花の色合いや花びらの感じが、いかにも不死鳥の翼のように思われてくる。

不器量は丈夫とほめて金盞花           青萄
これぞ「金盞花」。何故自分で思いつけなかったのかと地団太。何も言えません



ああ、今週も憧れいっぱい胸いっぱい。
最後になりましたが、掲載の皆さん、おめでとうございました!!!

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まつやま俳句ポスト365」カテゴリの記事

コメント

めぐるさま、こんばんはです。
拙句を取り上げていただきましてありがとうございます。
今回の兼題はいつも以上に取り合わせに悩みましたね。
天地選のようにグッと引き込まれるような句を
さらりと詠めるようになりたいものです。

「金盞花ことばはすぐに逃げるから」の句は、
いろいろと解釈の幅、広がりがあって面白いですね。
個人的には、有言実行ならぬ舌先三寸的な場面と捉え、
金盞花と取り合わせたことで、あっけらかんとした
そういう人だから仕方ないわねぇという雰囲気に感じ取りました。

◆山香ばしさん

こんばんは!
今回も素敵な句がいっぱいで絞るのが大変でした~~~。
山香ばしさんの句は、「雨の境目」という言葉がキラキラ
私もこんな景を掬い取れるようになりたいです~!!!

>いろいろと解釈の幅、広がりがあって面白いですね。
わああ有難うございます!
「金盞花」が存在感ある花なので、捉えどころのないものと取り合わせました。
>そういう人だから仕方ないわねぇという雰囲気
優しい方
「ことば」は時として取り返しのつかない事態をも引き起こしてしまいますが、
どうにかして、心を伝えるのに少しでも的確な言葉を探せるようになりたいです。


めぐるさん、山香ばしさん、みなさんんばんは。

お2人さま、人選おめでとうございます。
また、私の句をとりあげていただきありがとうございます。
山香ばしさんの御句、一種、喩のようでもありますが、今はゲリラ豪雨とかで
雨の境目を目視できるときもありますよね。作者のおそらく初めて見たときの驚きが
込められているようです。

しかし(当たり前といえばそうなんですが)、いいなと思う句って人により
だいぶ違いますね。もちろんここに挙げられた句はそれぞれ持ち味あり、素敵なのですが。
山香ばしさんのこの句は私と一致ですが、
霞山旅さんは、
◆金盞花夕日隠して飼つてゐる

染乃さんは、
◆金盞花全国的に晴れでしょう
がお気に入りです。それぞれ違うから面白い。

先日は「老鶯」の記事をありがとうございました。難しかったですね。
観念的になってしまって・・。「虹」はもつと苦労しています。
なんか意味づけしてしまいそうになって・・。

ではみなさんの「蟻」「薫風」「余花」を楽しみにしています。
「蛍」も頑張りましょうね。 ではでは。

頁デザインを変えましたね。爽やかですね。

◆ぴいさん

おはようございます!
私も中学生の時に、テニスコートの外に夕立が降っているのを見たことあります。
(けっこうドシャーっと)
みんなで雨の中に手を入れて面白がっていました。

お気に入り句はそれぞれが違うから面白いですよね。
「伊吹嶺」では毎回四人の選者の方が選句されていますが、見事にバラバラ・・・。
いろんな句にスポットが当たって読んでいても楽しいです。

兼題は次々やってきて「ひょえーーー」ですが、
普段使っていない筋肉を使うようで、これもまた楽しいですよね。
皆さんの素敵な句を読める!と思うことが何よりの原動力かも知れません。
がんばりますっ!!!

★めぐるさん。俳句ポスト「金盞花」の2句人選おめでとうございます。
わたしめはまた並に逆戻りでした。このような長いスランプ状態から
脱却するためこのゴールデンウィークは電子ブックで読書三昧です。
新調した老眼鏡を駆使していますが目が疲れますので読み上げソフトも
使ってこれまで積ん読でした高濱虚子の「俳句の作りよう」
「俳句への道」「俳句とはどんなものか」を聴きながら読んでいます。
元来スランプ脱却のため虚子さんの客観写生とはどんなものなのか
復習の意味で聴いているのですが、ここで衝撃の内容があり、
「季重なりは大概の場合さしつかえないものであります」
というところです。最近季重なりを避けようとすると句づくりが
滞ってしまい悩んでいるところでした。初心の内はとにかく
季重なりは避けよと教えられて来ていますのでこれはショックでした。
句の中の季語の力関係に大小のメリハリをつける、主の季語には切れ字を
つけるなどなんとなくわかっていたつもりですが
「梅一輪梅一輪ほどの暖かさ」 風雪
「梅」が季題で「暖か」も季題で「時候」の方に属するがこれは季重なり
だがさしつかえないというものです。これがわたしめには理解できない。😅
発想の飛躍や語彙力の乏しいわたしめは季重なりを初めから避けての
句づくりは難しい。

めぐるさんは季重なりについてどう対処されていますか?
お忙しい中、恐れ入りますがご教示いただければ幸いです。(-.-;)

◆比良山さん

おはようございます!
虚子の言っていることは、「感動のままに素直に詠むことが第一」ということだと思います。
その中に人の心に届く詩(発見)があれば、その句は選者に採られることもありますよね。
『俳句ポスト』でも『NHK俳句』でも、季重なりでも上位入選している句が存在していますので、
それらの句をよく読み込んでみることも勉強になるかと思いますよ。
私は、一応「初心者のうちは避ける」を心がけているのですが、
時々気づかないで季語を二つ使っていることがあって、入選して初めて「アッ?」ということも。
それで、主従のバランスが分かったような気がして、
今度は意識的に季重なりの句も混ぜていくようにしてみたところ、これが全然ダメでですね

やはり、一番大事なのは「素直な感動をそのまま詠むこと」。
そうすればその言葉にはチカラが宿り、「季重なり」や「三段切れ」や「ダブル切字」すら超越して、
素晴らしい一句に成り得るかも知れない。
推敲句が原句の輝きに及ばないことはいくらでもあります。
どちらがいいか分からなかったら選者に託せばいいのです。
選ばれた時に「コッチが良かったんだ」と気づき、その気づきの蓄積が学びになり、
学びが身についたら、句力が下がることはありません。
自分で分かるようになるまでは選者に任せなさいと・・・
『俳句ポスト』では投句数に制限がないんですよね。
こんな有難いネット句会はどこにもありません。
まずは思いつくままにガンガン投句していきましょう!!
そしてひとつのアイディアが全没になってしまったとしても、
「このことをどうしても表現したいんだ」「この気持ちがいつか句になったら」と思っていれば、
また違ったカタチで必ず心の内から湧き出てくると、藤田湘子も言っています。
とにもかくにも、臆せずのびのびと詠むのが、俳句上達の一番の近道なんだと思います。
(でも、やろうと思うとこれが意外と難しい!!!のです!!!)

梅一輪一輪ほどのあたたかさ  

服部嵐雪ですね!!
まだ寒さの厳しい折、ほっと心に灯をともすように咲いた梅一輪のあたたかさ。
早春の中にぬくもりを感じた喜びそのもので、
「梅一輪」だからこそ伝わってくる実感があります。
いつだったか話題に出した、漢詩からインスパイアされた「はぜ釣るや水村山廓酒旗風」を書いたのもこの方です。
高浜虚子の言葉を引用いたします。
「俳句は季題を詠ずる文学なり」(「六ヶ月間俳句講義」より)
「季は一句の中に、揺るがぬ存在でなくてはならぬ。
只季がまじっておればいいと云ふが如きそんな軽薄なものではない。
季は句の生命を支配する重要さをもってをる。」(「玉藻」より)

「ああ○だなあ」「これこそ○○だよ」
そんなふうに感じた一瞬、ひらりと脳裏に翻る「実感の言葉」を、
私も何とかうまく掴まえられたらと願っています。
無理に追いかけても言葉はすぐに逃げていきますが、
案外ボヘ~~~っと口を開けていると飛び込んできてくれたりするので面白いですね

★めぐるさん。ご意見有難うございます。素直な感動を詠んでその結果
季重なりになっても仕方無いんだということですね。そこに読み手にも
納得して感動してもらえるということが条件ですね。つまり季語が重なる
必然性が句意にあることが必要と理解しました。これは意識してやる
にはやはり高等なテクニックが必要で、少なくとも重なる季語のそれぞれの
意味あいと違いを熟知していないとできないように思いました。ひとつの
季語でも選択して使いこなすことが難しい者が一句の中で二つの季語を
それぞれ使いこなすことは更に難しいことは予想できます。季重なりの
名句をよく研究してみるしかないようです。😅

◆比良山さん

>素直な感動を詠んでその結果季重なりになっても仕方無いんだということですね。
仕方無いというのは、ちょっと語弊があるかも知れませんが・・・
素直に詠んで季語が複数になったら、
一回季語ひとつで言えないか推敲してみて、
自分でどちらがいいか分からなかったら、読者や選者に委ねるといいと思います。
それと、スランプの時は頼れる味方(藤田湘子の「壱の型」)がいますので、
自分でドリルのようにして一日五句とか十句とか作ってみるのもいいかと。
以前自分で試したものがありますので、後ほどメールで送りますね。
良かったら気分転換がてら遊んでみて下さい

めぐにゃーん!
人選二句おめでとうございまーーす!!
タイプの違う句での二句選!いいなあ!!(≧∇≦)
石廟、木乃伊仏という非日常で色彩のないものを遠く離れた金盞花に取り合わせたとき
化学反応を起こす面白さ。毎回発想が凄いなあ・・・脱帽です。
「ことばはすぐに逃げるから」の句は山香ばしさんと逆に哀しみ溢れる句に感じ取りましたが
句の自由度、透明度がそのまま読む人の心を反映するのかも・・・
ひらがなの「ことば」に一音一音を噛み締めるような切なさを感じました。
言いたかった言葉、取り返せない言葉、「ことば」とは「こころ」なのでしょう。
いつもめぐにゃんの心の透明度に私の心も癒されます。
鑑賞の美しさもさすがさすがです!!
「どこまでが熱」の句、私も大好きですが、ああこんな文章書けないよ・・・
その才能が羨ましい!!(≧∇≦)
るるる句会もどうぞよろしくお願いします♪
明日の蟻も楽しみや~♪

【季重なりに関する個人的考察】

季重なりに関して、「何をどうすれば確実に成功する」とは言い切れないのが俳句の難しい所ですが……最低限「これだけは満たしておかないと評価されない・されにくい」という要素はあると思います。
私はひょんな事から季重なりの句を(それなりに)たくさん書いてきましたが……それを通じておぼろげながら得た物を、自身のまとめも兼ねて以下に列記しようと思います。
 
 
 
1.季節不明の句を書かない
昔、「晩夏+初秋の季語を組み合わせて、「季節の移り変わりの隙間」みたいな句を書いてみよう」と思った事がありましたが……ことごとく失敗。組み合わせる季語は、同じ季節・時期の物の方が無難です。迂闊に使うと「間違えて使った」と思われて、0.1秒でゴミ箱送りにされかねません。

○→三春+三春、三春+初春、三春+晩春、初春+初春など
×→春+夏、春+秋、初春+晩春など

俳句は、十七音しかありません。書けるのは、せいぜい静止画か10秒前後の動画が精一杯です。季節の移り変わりの様子(=時間が長い)を題材にするのは、大変難しいと思います。

2.季語を殺さない
季語を生かすのは俳句の必須要件ですが、季語を2つも使う以上は、両方の季語をしっかりと生かす必要があります。「どうしてここにこんな季語を使ったの?なぜ、わざわざこの句を季重なりにしたの?」と言われてしまうような句は、季語が死んでいるor死にかけている句です。「私が言いたいのは~という事なんだけど、それを表すにはどうしてもこの単語(季語)が必要だった」と心の中ではっきりと言い切れるだけの句にしたい。
なお、「メインとサブの季語を作ってメインの季語を全面的に生かす」方法もありますが、「メインとサブを指定せず、季語同士の取り合わせを軸にして句を成立させる」方法もあると思います。
 
 
 
……以上が、最低要件です。以下は、それを踏まえての話です。
 
 
 
3.季語の種別に気を付ける
季語には、時節・気候・気象・陸海空の風景・日常生活の風景・日用雑貨・各種行事・動物・昆虫・草花等の様々な種類があります。似たような種別の物同士・縁の深そうな物同士を使っても効果は薄いと思われます。

4.季語同士の距離感に気を付ける
3に関連して……季語に関わらずそうですが、句に存在するそれぞれの語がイメージさせるもの(語と語の間隔)は、近過ぎても遠過ぎてもよくありません。季語は特に目立つので、通常の語以上に気を付ける必要があります。
逆に、上手く組み合わせて使えば、思いもよらぬ要素を浮かび上がらせる事ができるかも知れません。その辺は、二物と同じ。

5.季語の属性(心情的要素)に気を付ける
季語には++、+、+-、-、--の雰囲気を持った季語があります。(個人的な独断と偏見によるものですが)例えば、「風光る」は++、「風薫る」は++~+、「風死す」は-~--、「涼風至る」は+、「色なき風」は-~--、「隙間風」は--。これら風系の季語や季節系の季語(惜春・夏近しなど)は、詠み手(主観)の心を直に映します。それ以外の草花や動物の様子などにも心情的要素が表れる事が多いです。
+と+や-と-を合わせたら単調になり、季語同士が上手く共鳴・増幅できないと「何か楽しそうな句だな」「何か悲しそうな句だな」だけで終わってしまう可能性があります。逆に、++に-や--を合わせたら、読み手は急展開に付いていけないでしょう。わざとらしいと思われる可能性が大な上、2つある季語のうち一方が高確率で死にます。
+-の季語は、展開によって+にも-にもなり得ます。+-の季語で始めて+や-辺りの季語(要素)で終えると無難かも。複雑な思いが交錯する行事や、その語単体では感情を読み取る事の難しい語(雑貨や物体など)が狙い目かな?

6.季節感の薄い季語を狙う(季節感の薄い季語を別の季節に出す・季感の薄い季語同士で季感を増幅させる)
季語の代名詞、「雪月花」。雪は冬にしか降りませんし、桜は春にしか咲きません。では、月はどうでしょう?
月は、「秋の月が一番綺麗である」という理由から秋の季語という事になっていますが、しかし、それ以外の季節でも月は出ています。季節によって見え方が違うから何とも言えないのですが、基本的に月は一年中見られるので、「この季節特有の物である」という主張は雪や桜に比べれば低いように思えます(=季感が薄い)。
季感が薄い季語、即ち「一応季語に指定されていて、季節も指定されているが、しかし実際は一年中見る事のできる比較的ありふれた物」に関しては、別の季節に登場させても、書き方によっては違和感は無いかも知れません(ただしこの場合は、単体ではっきりと季節を指定する事のできる季語を別に合わせる)。あるいは、本来の季節に登場させた上で、その季節を後押しさせる季語をさりげなく合わせれば、味わいも一層深くなるかも知れません(季感を上手く増幅できそうな季語を重ねる)。

しゃぼん玉や風船を秋に出してみても良いかもしれません。鰯を月に合わせた句もあった気がします。季重なりの持つ可能性は、狭いように見えて無限です。
……そう言えば、「虹」も季節感がやや薄い気が。夏は気候変動が激しくて、その分虹の発生率も高いから印象に残る(+夏特有の強いにわか雨の後に出る事が多いから余計に印象に残る)のだろうけど……「夏の虹」と同じかそれ以上に印象的な物を書けるのなら、他の季節の虹もアリかも

7.比喩の季語と合わせる
6の延長で……「季感が薄い季語」の極致が、「比喩の季語」です。比喩や伝聞で使われた季語は実景ではないので、季節感はほぼゼロです。他に季語を合わせる事が望ましい(季重なり推奨)ですが、それでも1と2の最低要件は守りましょう。ただし、比喩そのものが陳腐だと句が総崩れになってしまうので、比喩に使う季語(季語である必要があるのかどうか)はもちろん、比喩の必要の有無そのものも良く考える事。
 
 
 
……参考になるかどうかは分かりませんが、意図して季重なりを狙うなら、この辺りの事を考えてみると良いかも知れません
余談ですが……今週発表の蟻の句で、「季重なりの限界に挑戦!!!!」みたいな句を出したけど……果たしてどうなっているやら

◆シラズくん

こんばんは!
季重なりについての考察、有難うございます!
シラズくんの「しゃぼん玉」良かったもんな~~~ああいうのを私も書いてみたいよ

>季重なりの持つ可能性は、狭いように見えて無限です。
この一文にシビれました
私も「季重なり挑戦シリーズ」続けていたけど、投句数を絞る方向にしてから考えなくなりました。
いつか、「これはこういうしかないのよ~~~」と思えるような句が浮かんだら、また挑戦します!!

◆桃にゃん

こんばんは!
桃にゃんも人選おめでと~!!
「ポン菓子のおじさん」いいですね
何となくですが、くたびれた野球帽を被ってニカっと笑う、
そんなに背の高くないおじさんを想像しちゃいました
「金盞花」には、明るい中にも哀しみが内包されている感じがあるので、
子どもたちの中に寂しさがあれば敏感に察知して、さりげなく励ましてくれたりして。
「ポン菓子のおじさん」はちょっとしたヒーローなのかも知れないな、
・・・と、スナフキン的なイメージを勝手に抱いた私でした

私の句への感想、いつも有難う!すごく救われています。
「木乃伊仏」は、仏花である「金盞花」とは近すぎるかな~~~と思っていたのですが、
採って頂けて嬉しかったです。質感の対比が良かったのかな
ヒントをくれたぴいさんに感謝しておりまする
「ことば」は「こころ」、その通りですね!!!
こころに追いつくことばはなかなか見つからず、
見つかった気がしてもすぐに逃げてしまって捉えられない。
でも、何とかして自分のことばを見つけたい・・・
次は「虹」。うむむむむ、頑張るっ!

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