最近のトラックバック

2019年2月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28    
無料ブログはココログ

私の好きな詩・句・その他

2019年2月 2日 (土)

◆「水星少女歌劇団」

『現俳協ネット句会』で「水星」を使った時に、先行句がないか調べたところ、
宮沢賢治の詩「春 水星少女歌劇団」がHITしました。

草稿そのいち
草稿そのに
草稿そのさん

タイトルなど、宮沢賢治もこうやって推敲を重ねていたんですね。
それにしても、「水星少女歌劇団」だなんて、なんて素敵な言葉と思いませんか!lovely
季語をつければ俳句になりそうです。

春兆す水星少女歌劇団
風光る水星少女歌劇団
夏めくや水星少女歌劇団

・・・皆さんならどんな季語をあてますか?

2018年1月 7日 (日)

◆「クジャク/まど・みちお」

クジャク

ひろげた はねの
まんなかで
クジャクが ふんすいに
なりました
さらさらさらと
まわりに まいて すてた
ほうせきを 見てください
いま
やさしい こころの ほかには
なんにも もたないで
やせて 立っています


「まど・みちお詩の本」より

Photo

2017年8月12日 (土)

◆「霧笛/レイ・ブラッドベリ:萩尾望都」

・・・むかし
ある日
男がひとり
やってきて

その岬の
波のどよめく
陽のささぬ
浜辺に立って

こういった

・・・この海原ごしに
呼びかけて
船に警告してやる
声が要る

その声をつくってやろう・・・

これまでに
あった
どんな時間

どんな
霧にも

似合った声を
つくって
やろう

たとえば
夜ふけてある
きみのそばの
からっぽのベッド

訪うて
誰も人のいない家

また
葉のちって
しまった
晩秋の木々に
似合った・・・

そんな音を
つくってやろう・・・

鳴きながら
南方へ去る
鳥の声

11月の風や・・・

さみしい浜辺に
よする波に
似た音

そんな音を
つくってやろう

それは
あまりにも
孤独な音なので
誰もそれを
聞きそらす
はずはなく

それを
耳にしては
だれもが
心ひそかに
しのび泣きをし

遠くの町で
聞けばいっそう
我が家が
あたたかく
なつかしく
思われる・・・

そんな音をつくってやろう

おれは
我と我が身を
ひとつの音
ひとつの機械と
してやろう

そうすれば
それを人は
霧笛と呼び

それを聞く人はみな
永遠というものの悲しみと
生きることの
はかなさを
知るだろう




「・・・こいつはおれのつくったつくり話さ」
作中でマックダンが語るこの言葉が大好きで、このページを何度繰り返して読んだことか!
この「霧笛」は特にお気に入りの一篇。
確か、アニメ「ポケモン」でも似たエピソードが挿入され、コジロウが霧笛の音に
「心が濡れるようだねえ・・・」
とうっとりしていたことを覚えています。

今回、「プチ句会」でヨミビトさんの「午後の霧」の句を読んで、
今でも繰り返し読んでいるこの言葉を書くならいまだ!と思い紹介させて頂きました。
ヨミビトさん、有難う~!

なお、現在私の手元にあるのは、小説本ではなく萩尾望都によるコミック本ですので、
作者名のところに併記させて頂いております。

2017年8月 1日 (火)

◆「つばき/岡真史」「無題/岡真史」

つばき

つばき
おちてしまうとみんなは
「ワアきたない」という
はじめの
美しさもわすれてしまって




無題


にんげん
あらけずりのほうが
そんをする
すべすべ
してた方がよい
でもそれじゃ
この世の中
ぜんぜん
よくならない

この世の中に
自由なんて
あるだろうか
ひとつも
ありはしない

てめえだけで
かんがえろ
それが
じゆうなんだよ

かえしてよ
大人たち
なにをだって
きまってるだろ
自分を
かえして
おねがいだよ

きれいごとでは
すまされない
こともある
まるくおさまらない
ことがある

そういう時
もうだめだと思ったら
自分じしんに
まけることになる

心のしゅうぜんに
いちばんいいのは
自分じしんを
ちょうこくすることだ
あらけずりに
あらけずりに・・・・・・




詩集「ぼくは12歳」より


享年12歳。岡真史少年の残した詩篇は、今も私の心を揺さぶり続けます。

2017年7月30日 (日)

◆「青空や花は咲くことのみ思ひ/桂信子」

図書館から、桂信子著「信子のなにわよもやま」を借りた。
掲句は、木割大雄による「まえがき」の中で紹介されていて、一読で非常に惹かれた。
本文中でも同氏が「桂信子の最高傑作」だと思っていると書かれている。

季語以外の言葉を「や」で詠嘆するのは至難の技だと思うが、
この「青空や」は実に自然。
「青空や」と振り仰いだ後、視線は近景の「花」へ。
蕾もあろう、すでに開いているものもあろう。
早くも散り始めた花もあるかも知れない。
しかし、「花」はすべからく「咲くことのみ」を思っている、というのだ。
この断定は、ギュっと心に入ってくる。
そうだ、花は咲くことしか考えていない。
散る姿さえ、実はその瞬間を最大に咲いているのだ、
だから桜は散りざままでがあれほどに美しいのだ。
・・・そんなふうに思い、目頭が熱くなった。
脳裏の、桜の前で涙する私は、自然と空を振り仰いでいた。
「青空や」
言葉にならない思いを投げ上げる。あたたかくやわらかい、真っ青な空へ。

この「花」を「人」と置き換えて感じるとき、感慨はさらに深くなる。
木割氏は「散ってたまるか」と書いている。
私は、「散る時さえも美しく」と読んだ。
桂信子は、本書の中でこの解釈について述べてはいない。
「まだまだやってくださるんだと確信しました」という木割氏の言葉に、
「それはわかりませんよ」と笑みを返している。

藤の昼膝やはらかくひとに逢ふ
ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜
窓の雪女体にて湯をあふれしむ
雪たのしわれにたてがみあればなほ

■「信子のなにわよもやま」平成14年3月31日刊行
桂信子:1914年11月1日~2004年12月16日。大阪生まれ。

2017年7月21日 (金)

◆「自分の感受性くらい/茨木のり子」

自分の感受性くらい


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ




「なにもかも下手だったのはわたくし」
この一行の破壊力がはかり知れない。
何かがうまく行かない時、原因を外に求めてしまうこともありますが、
結局、最終的には、この言葉に落ち着くんですよねweep
・・・出来れば、この詩を何度も繰り返し読まずに済むような人生がいいと願いながら、
けっこうたびたびページを開く自分がいますsweat02

2017年7月16日 (日)

◆「紙風船/黒田三郎」

紙風船


落ちて来たら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように

2017年7月12日 (水)

朝蝉や水輪百千みな清水/中村汀女

notesみずのわ みなわ
 水輪百千(みなわひゃくせん)みな清水
 やわらかに やわらかに
 甘さを包んだ すいぜんじnotes

―姿に感嘆、味に感嘆、銘菓すいぜんじ。

私と同世代の熊本県人なら皆知っている(多分)、熊本銘菓すいぜんじのCM。
今も放送されているのかは定かではありませんが、
美しい映像と美しい歌声は、今も心に残っています。
この歌詞のもとになったのが、熊本出身の中村汀女の「朝蝉」の句だったと知ったのは、
ほんの数ヶ月前のこと。
知らなかった・・・小学生の頃から、あんなに親しんだあの歌が・・・俳句だったなんて。
「みなわひゃくせん、みなしみず・・・」
このしっとりと美しいメロディをお聞かせ出来ないのがもどかしいです。
「水輪百千」、どういう景か伝わるでしょうか。
あの山頭火も愛したという熊本の水、
夏は、1分と足を入れていられないほど冷たい湧水。
深い地中から水と一緒に湧き出るぷくぷくと細かい泡が、
水面でぽかっと開いて水輪を描く、
その水輪が百も千も広がっているというのです。
なんと豊かな光景でしょう。
この清らかな光景には、空気の最も澄んだ早朝がふさわしい。
シャワーのように降り注ぐ蝉の声もまた爽やかなのは、
それが早朝に鳴く蜩をすぐに連想するからでしょう。
明るさを増していくと、鳴きだす蝉も増えて来ます。
その賑やかで力強い声も、また「清らかな湧水」に似合いますね。
上五「朝蝉」としたことにより、未明から始まる「朝」の幅をたっぷりと感じ、
清澄な神秘性から、逞しい生命力まで受け取ることが出来ます。

水道水の殆どが地下水。蛇口を捻れば天然のミネラルウォーターが流れる熊本。
こんな都市は日本で熊本だけ、世界にも稀だといいます。
いつまでもいつまでも、この句が愛誦され続ける土地であって欲しいです。

2017年4月 8日 (土)

◆「夢みたものは・・・・/立原道造」

夢見たものは‥‥


夢見たものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊ををどつてゐる

告げて うたつてゐるのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる

夢みたものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

詩集「優しき歌」より。

2017年2月19日 (日)

◆「こころ/萩原朔太郎」

こころ

こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生(そのう)のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。




萩原朔太郎「純情小曲集」より


最近になってカラオケで「テルーの唄」をよく歌っています。
歌詞が、この詩からインスパイアされたものだということです。
手嶌葵バージョンと谷山浩子バージョンがあるんですが、
うすももいろの紫陽花や自然の風景の美しい、谷山浩子バージョンで歌っていますnotes